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個人攻撃の罠
- 2011/04/11(Mon) -
 前回の問題提起に対する、私なりの考え方を下記します。

  「できない理由」を次々と並べたてる営業課長さんのことでした。

 多くの場合、このようなケースでは、この営業課長さんには、

 「新しい取り組みには消極的な人」というレッテルが貼られることになります。

 では、こんな問いかけをしてみましょう。

 「何故、『消極的な人』と思うんですか?」

 「だって、彼はできない理由ばかり主張するから」

 「では、何故、『できない理由ばかり主張する』と思いますか?」

 「それは、彼が消極的な人だから」

 「何故、『消極的な人』と思うんですか?」
 ・・・

 そうです。因果が循環しています。

 これでは、理由になりません

 そして、決して問題解決にはなりません。

 行動分析学では、このように個人にレッテルを貼ることを「個人攻撃の罠」と呼んでいます。

 彼が、「できない理由ばかり主張する」ようになったのには、必ず原因がある。

 行動には必ず原因がある、法則性がある、そう考えます。

 例えば、過去において、この会社では、

 ○新しい斬新なアイデアを出すと、即座に欠点を指摘されることが多い。
 ○逆に、批判的な見解を述べる人が評価される。

 そんな行動の積み重ねがあったのではないかとの仮説が成り立ちます。

 「斬新なアイデアが否定される」と”思う”からしない
 「批判的見解が評価される」と”思う”からする

などということではないのです。

 「斬新なアイデアが否定される」とか「批判的見解が評価される」などといった行動の積み重ねによって、その組織に所属する人たちは、無意識のうちに、

 「斬新なアイデアを言わなくなり」「批判的見解をたくさんするようになる」、それはあくまで無意識に近いレベルで行われることになります。

 皆さんが、お年寄りに席を譲ったとき、たとえ相手がお礼を言ってくれなくても、その行為自体に気持ちよさを感じるはずです。

 それは、過去において、そのような倫理的行動が周りから評価されるという経験を積んできたからだと考えられます。

 そうなんですね。「否定される」とか「評価される」ということは既に問題ではなくなっています。

 「斬新なアイデアを出す」その行為自体が既に不快なこと、そして「批判的な見解を言う」こと自体が気持ちの良いこと、になっている可能性があります。

 行動分析学では、前者を嫌子(習得性嫌子=後天的に得た嫌子)、後者を好子(習得性好子=後天的に得た好子)と呼んでいます。

 これこそが、組織における行動の癖、つまり文化を形成していくことになります。

 怖いですね。

 ですから、このケースでは、この営業課長を個人攻撃することで問題は解決しません。

 そうではなく、この組織構成員の行動を変え、組織文化を変えることが必要となるわけです。

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